その日の午後、私は給湯室でコーヒーを淹れていた。

外回りの報告書を片手に、いつも通りミルクをひとたらし。

静かな午後の習慣。

そんなとき、背後に気配があった。

ヒールの音。少しだけ急ぎ足のリズム。

その歩き方には聞き覚えがある。

振り返らずとも、誰かは分かった。

三田。

「先輩、お疲れさまです〜」

明るめの声。

けれど、その笑い方はいつもより少しだけトーンが高かった。

「……なんか、社内がザワザワしてますね。

例のアレ、けっこう大ごとになってるっぽいですよ?」

話題を切り出したのは、彼女の方からだった。

“例のアレ”――その言い回しが、いかにも彼女らしい。

曖昧にしておきながら、核心に触れる距離まで、ずかずかと踏み込んでくる。

「…ってか、ぶっちゃけ……〇〇さん(私)、何か知ってたりします?」

私の背中に、ぬるい探りの気配が絡んだ。

私は静かにカップを回しながら、

目をそらさずに言った。

「え、私?なんでそう思ったんですか?」

笑顔でも、警戒でもない、ニュートラルな表情で返す。

この“間”の取り方が肝だ。

否定せず、肯定せず、

“その質問をした側”の動機をむしろ問うように。

三田は少しだけ目を泳がせながら、

「いや、なんかウワサになってるし……先輩、数字とか詳しいから」と笑った。

若い営業社員らしい、ちぐはぐな弁解だった。

“自分が疑っている”という事実を和らげるために、

“相手を持ち上げる”という薄っぺらい手法。

でも、その裏にある焦りは、隠せていなかった。

「若手って、ほんと損ですよね」

「ちょっとしたことが、大げさに見られて…」

「なんか、“敵”がいるのかなぁって思っちゃいました」

まるで通報した人間が、

“敵意”で動いているかのような言い草だった。

その言葉の軽さに、私は少しだけ哀れみを覚えた。

彼女はまだ23歳。

自分の行動が誰にどう影響を与えたか、

その因果を理解するには、経験が浅すぎたのだろう。

「損」しているのではない。

「自分がしたことの重さ」に、まだ気づいていないだけだ。

私はただ、「そうですね」と答えた。

それ以上でも、それ以下でもない。

彼女が去ったあと、私はそっと湯気の立つカップを見つめながら、

こう思った。

彼女のように、声を上げる人間を疑い、

笑いながら「誰が言ったの?」と探る者こそが、

この会社の空気を腐らせていくのだと。

私は黒革の手帖を開いた。

今日の日付、彼女の言葉、香った柔軟剤の匂い。

すべて記録する。

誰にも見せない。

けれど、誰よりも正確に刻み続ける。

黙っていることは、無力じゃない。

記録することは、復讐じゃない。

ただの観察でもない。

これは、“沈黙の支配”なのだ。

JAC Recruitment

土曜日のお仕事が終わったので、軽くマックでソフトクリームとお茶飲んだ🍨

マクドナルドのソフトツイストは、カップにすると少し多めに入れてくれるのでおすすめです🤍🤍

Posted in

コメントを残す