れんこんには穴がある。
だけどそれは、風を通すためじゃない。
空洞の奥に、女の腹黒さを詰め込んで隠しておくため。
——そう思った夜だった。
今日は朝から、いつもの副業バイトだった。
朝ごはんとお昼ご飯。
新潟のフジロックのお土産はワンちゃんで可愛いお煎餅だった。

夜ご飯をたくさん食べるので、お昼は控えめにした。

できれば参加したくない飲み会だったので、スタバでスイートミルクコーヒーを飲んでひと段落♡

河原悠。43歳、元キャバ嬢。
顔だけはそこそこ整っている。
けれど体型は、まるで着ぐるみを脱ぎ忘れたゆるキャラ。
本人は“戦略的なデブ”と開き直るが、戦略の意味を履き違えた典型だった。
髪は肩につくくらいの真っ直ぐなオレンジ色。
荷物はいつも3人分。
机の上はグッズとメイク道具で埋め尽くされていて、もはや職場というより「汚部屋」だ。
「キャラもん集めてんねん。癒されるやん?」
そう笑った彼女の声に、私は何も返さなかった。
癒されるどころか、その空間にいるだけで心が削られていく。
今夜は、彼女の仕切りで、高木という男と三人での“飲み会”だった。
一応は異動する高木の送別会、という建前。
でも本当の目的は、私を囲い込み、試し、踏みつけるための場だった。
そして忘れてはならないのが——
**この飲み会に私が参加した“本当の理由”**だ。
私は、確認したかった。
河原が、私の上司に**“あること”**を告げ口した張本人かどうか。
その“あること”とは、私が別の会社に転職を考えているということ。
そして、他県に住む元上司から密かに声をかけられていたということ。
私はそれを、誰にも話していなかった。
……少なくとも、彼女以外には。

一次会はHUB。私は副業のバイトが終わってから途中参加。
すでに酔いが回ったふたりの間に入り、空気の厚みにうんざりした。
悪口、陰口、マウント。
どれもが“盛り付けすぎたれんこん”のように、
中身のない話をくどくどと並べ立てていた。
二次会は、れんこん料理の店。

——皮肉なことに、今夜ほどその“穴”が意味を持った日はなかった。

私が、勇気を出して話を切り出したときだった。
家族のこと、5月にあった事件のこと。
心の奥にずっと沈んでいたものを、ようやく少しだけ口に出した。
その瞬間だった。
「それ、あんたが悪いんちゃう?説明ヘタやから誤解されて、そんなんなったんやろ」
「そもそも、被害受ける側にも原因あるんやで。気づかんとアカンわ」
河原はニヤつきながら言った。
私はまだ話を終えてもいなかった。
けれど彼女は、こちらの言葉を切って、好き勝手に“説教”を始めた。
「まずは友達づきあいからやな、〇〇ちゃん。そんなんやから周り引くねん」
——それは、かつて私が軽く言ったひと言。
「そういう話をできる友達がいない」
ただの社交辞令のつもりだった。
けれど彼女は、それを“弱み”としてメモ帳に書き残していたらしい。
そんな中、高木は違っていた。
私の顔色を察してか、話題を変えたり、何度かフォローを入れてくれた。
その優しさが、かえって残酷だった。
“あなたがいるから、まだ我慢できた”——そう思わせること自体が、もう毒だった。
だが、今夜の核心はここからだった。

話の流れの中で、私はあえて“元上司”の名前に触れた。
その瞬間、河原はすかさず高木に向かってこう言った。
「〇〇ちゃんな、前の上司から声かかってるんやって〜」
——私は凍りついた。
そのことは、秘密にしていたことだった。
会社の誰にも言っていなかった。
……でも河原は、知っていた。そしてそれを、堂々と“晒した”。
そのとき、私は確信した。
彼女は、私の上司にすべてを“報告”している。
あの口調、あの余裕、あの“わざとらしい暴露”。
あれは「私はもう知ってるし、上も知ってる」という、
女の武器を使った支配だった。
思い出したのは、先週の面談。
初対面だった上司が、こう言い放った。
「その会社、金ないからやめとけ。あんなとこ行くなよ」
私が何も言っていないうちから——だった。
だから私は、決めた。
この夜、この場を最後に、河原悠という女との関係を切る。
プレゼントも用意しなかった。
誕生日にも、送別にも。
それが、今夜の正解だった。
あちらの方が、明らかに飲み食いしていた。
それでも支払いは、きっちり割り勘。
それが、“れんこん飲み会” の締めだった。




私は黒革の手帖を開く。
そこに、新しい名前を書き加えた。
“河原悠”と、“高木誠”。
そして最後に、こう書き残した。
れんこんにも穴がある。人にもある。
そしてその穴には、裏切りと、金と、プライドが隠れている。
だから私は、決めた。
この夜、この場を最後に、河原悠という女との関係を切る。
そしてもうひとつ、忘れられない一幕がある。
そろそろ時間も遅くなり、私はこう告げた。
「そろそろ終電なんで、これ逃すと30分待ちなんですよね……今日はこれで帰りますね!」
それに対して、河原はこう言った。
「え〜?終電ちゃうやん、まだ次あるで?」
——そう言って、なかなか私を返してくれなかった。
まるで、“帰らせないこと”に意味があるかのように。
人の事情や気持ちより、
自分の“支配したい時間”を優先するその態度に、私は心底うんざりした。
あちらの方が、明らかに飲み食いしていた。
それでも支払いは、きっちり割り勘。
それが、“れんこん飲み会”の締めだった。
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