〜序章〜
人はなぜ、負けると知りながら賭けるのだろうか。
答えは簡単だ。欲望には勝ち負けの概念がないからだ。
ここは都会の片隅にあるギャンブル場。私の副業先。
煌々と光る蛍光灯の下で、老いも若きも同じ色をした顔をしている。金の匂いを追いかけるうちに、羞恥も、品格も、とうの昔に換金されてしまった者たち。
彼らは今日も紙切れ一枚に人生を賭け、当たり外れに一喜一憂する。滑稽で、哀れで、そして残酷な舞台。
そんな場所で働いていると、日常はすぐに異常と化す。ありふれた一日が、突如として珍事件に塗り替えられるのだ。
新聞紙を切るために文化包丁を持ち歩く老人。
偽造された引換券を振りかざし、景品を奪い取ろうとする男。
欲望に支配された人間ほど、想像を裏切る存在はない。
私はそこで、今日も彼らの断末魔と滑稽劇を、冷ややかに見届ける。
ギャンブル場というのは、人生の残り火を燃やすには手頃な舞台らしい。金も時間も、もう取り戻せないとわかっている人間たちが、最後の夢を賭けて紙切れを握りしめる。
そこに漂うのは希望ではなく、焦げついた欲望の匂いだ。
その日、いつもと同じようにざわつく場内を歩いていた私の視界に、異様な光景が飛び込んできた。八十を過ぎた老人の足元に、むき出しの文化包丁が転がっていたのである。刃渡り十五センチ。
台所ならばありふれた道具が、この空間では不釣り合いな凶器に変わる。
気づいたのは中年の女性警備員だった。彼女が無線で呼びかけると、瞬く間に職員たちが蜂の巣を突いたように集まり、老人を取り囲む。
焼けた黒い肌に、白い半袖ポロシャツ。灰色のパンツにメガネ、古びた腕時計とベルト。
かつては真面目な生活を送っていたのだろうと、誰もが一瞬だけ想像する。しかし現実は、新聞紙を切るために包丁を持ち歩く賭博場の常連客。
問いただされても老人は悪びれなかった。「新聞紙を綺麗に破るのに必要なんだ。毎週やっていることだ」と言い張る。確かに新聞紙は持っていた。
だが、その言葉に説得力が宿るほど、この世界は甘くない。銃刀法違反で警察に引き渡される瞬間になっても、「俺にはまだやらなきゃいけない勝負があるんだ!」と叫び、汗を滴らせながら暴れる姿は、哀れを通り越して滑稽ですらあった。
結局、手錠をかけられ、その上からタオルを巻かれた老人は、力尽きたように小さな歩幅でパトカーへと吸い込まれていった。家族の影はなく、後に五週間の留置所生活を終えると、何事もなかったようにまた現れた。人は、負け癖のついた欲望から逃れる術を持たないらしい。
職場の先輩は、彼にこうあだ名をつけた。「お縄」。誰もが声を殺して笑った。
老人は、賭け事の勝ち負けよりも先に、人生そのものに敗北しているのだと。
後から分かった事だが、身寄りが無い老人だった。留置場に5分後二週間滞在し、出てきた翌日にまた出向いてきた。
もちろん立ち入り禁止なので、職員は追い払った。認知症なのか、理解度は低く納得がいかないように帰って行った。
今日はそのバイトが終わって、まゆカットサロンに行って、韓国料理を1人で食べて終わり。
これからネット副業少し頑張って、ジョギングして寝る。
そろそろまた、ホットヨガ始めようかな?
冬は体温めるだけで少し痩せるんだよなぁ。


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